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川原泉[3] 劇場では6回観たのですが、何がよかったって、大勢の見知らぬ紳士淑女が「わらうみかえる」と声に出しておられたことです。 渋谷の、その映画館は、西と東があって別々の映画をかけており、同じ受付で両方のチケットを販売していたからですね。 DVDを何回観たかは、数えておりませんでした。 ですけど長い間見なかったなぁ〜。 2枚目のおまけDISCに収録されている、教授のインタビューもさることながら、上野樹里vs関めぐみ、とゆー、陸上部出身(とパンフレットには書かれていた)の2人による陸上対決は見ごたえがある、と言いたいところですが、実際は、もっとじっくり見せてくれぇ〜、というのが正直な感想で、本編では更に端折られているのですな(T^T)。 とはいえ、本編です。 何度観ても最後は泣けるです。 色々と悪い評判も聞こえる本編ですが〜、「原作を何だと思っている?」とか「ファンを何だと思っている?」とかですね、決して、そういう意味ではございません。 本当に泣けるです。 一臣殿下が小説を書いている理由を考えたのは、小田監督の大手柄だと思います。 それを解りやすく見せる手順を思いつかなかったのが、小田監督の大不幸だと思います。 さて。 母ちゃんは、何故に、一臣殿下が森江賢一だと知っていたのか、が、謎として残るですが、恐らく、森江賢一、という名前を後ろから読むと、一臣何某、となりますので「何某」の中に母ちゃんには解るキーワードが隠されていた、のでしょう。 そして、それは、史緒さんには解らないキーワードだったので、単純に母ちゃんの旧姓や個人名ではなさそうです。 「東のミカエル」という言葉は映画には出てきませんでしたけれども、地元の庶民である柚子さんや和音さんが関東弁であるのに対して、史緒さんは関西弁、母ちゃんはカタコトの関西弁であることを考えると、伯爵家は関東にあり、母ちゃんが生まれ育ったのも関東。 伯爵家を追い出された後、関東に居られなくなり、(恐らく)知る人もない関西へ逃げていったのだろう、と、想像されます。 ですから「司城」という姓を名乗り続けていたとは考えにくいです。 ですから史緒さんは、関西にいた間は「司城」という姓を名乗ってはいなかったハズ。 「森江賢一」の中に自分の名字や母ちゃんの名前が隠れていたのなら、気づいたんでないか。 あっ。でもっ。 後ろから読まないと解らない、のだったな。 母ちゃんは、一臣という名前を知っているから、後ろから読んだ。 史緒さんは、一臣という名前を知らないから、後ろからは読まなかった。 そういうことかなぁ。 |
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